木の葉のお金
家の隣は大きな駐車場になっています。 昔は味噌問屋さんの持ち物で大きな木がいっぱい植えてありました。 裏の会社に買収され駐車場になると知った時は沢山の木々のことが、一番に心配でした。
会社の方に伺うと「勿論全部切ります」と、素気ないお返事。
大正時代、いや中には明治末期から自生している苔や草木もあります。 関東大震災にも戦火にも合わず生き残った木々たちが可哀想だし、第一もったいない、大きく成るには60年120年は優に重ねています。 気の遠くなるような時間をかけて、大きくなった木々・・・。
会社のお偉いさまに一代決心をして頼み込んで見る事にしました。
「ですから繁栄するという事は企業にとって尤も大切な仕事!です
其の為には地域に根ざし感謝される会社となる必要がありますね
御社はまして人の健康に関わる大切なお仕事、その様な会社が永い時間
を経て生き残てきた樹木という文化を邪魔だ!という一言で切って
良いのでしょうか? 端の方は出来れば残して欲しいのですが?
企業が環境に貢献するって、こういう事も有り!ですよね!」
担当重役は電話口で絶句してました。 無理なこじつけですが、木のために必死の命乞いです。 駄目で元々。
2〜3日してから朗報が会社からありました。
「端の方の桜、柿、銀杏の3本は残しましょう、でも何時かは
切る事に成るかも知れませんよ、それでも良いですか?」
勿論ですとも! 先のことはわからないにしても、今3本でも残す事が出来るなんて「社長様に宜しく、感謝します!」
もの事は諦めずにとにかく当たって見るものだ。 駐車場が出来上がってみると3本以外にあと1本大きな泰山木の木が敷地の角におまけで残されました。 春の前触れに白くて大きな花を咲かす大木です、これで4本の延命に成功したのです。ヤッタぜです。
桜は、ビルの谷間の僅かな場所にも拘わらず3月に成るともう何処よりも早く花を咲かせます。 毎年TVの桜便りより一月も早く咲くので不思議でした。
私の誕生日には既に満開です、まるで桜が切り倒されずに済んだ喜びを誕生日に間に合うように精一杯咲く事でお礼をしてくれている様でした。 ・・・何の事は無い彼岸桜は早咲だそうです。
柿の木は実をつけます、御近所のお兄さんが取ってくれたのですが渋柿だったので、カラスや尾なが鳥の餌になりました。
銀杏は元気すぎて落ち葉の掃除に母や私、近所の叔母さんが総動員です。 文句を云っても木の在る路地は笑い声が響きます。 わざわざ遠回りしても木のある路地を人が抜けてゆきます、たった4本の木で無味乾燥のビルの一角が息ずきました。 ミンミン蝉が鳴き鳥が囀るのです。 7年前の蝉が地中から孵化して鳴く声も感動を誘います。
我が家の猫達はお隣の駐車場に残された泰山木の葉っぱが何故かお気に入り艶つやした綺麗な落ち葉をせっせと運んで来ます。 特にクララは大きな葉っぱを「やーい、これでどうだー」「足りない?」とぶつくさ云いながら運んで来ては、私に見せるように足下に落とします。 毎日飽きずに、泰山木の葉だけを運んでは「どうだ」とジーッと顔を見るのです。 意味不明な行動・・・チップ兄ちゃんもそれに習います。 獲物の積もりかしらん?
暫く観察していると要求が見えてきました。 木の葉は山が出来る程たまりました! なるほどこれはお金に違い無い。 彼女達には木の葉のお金なんだ!「綿の国星」マンガの猫も葉っぱのお金で魚屋に鰺を買いに行っては追い払われて居たではないか、餌が気に要らない時に持って来る様子といい決まって同じ泰山木の葉だけ、他の葉っぱだったことは一度も無いのだから。 得意そうな態度といいそうに違い無い。
こんな楽しい事が去年まで続きました、4本の木はまだ健在ですが、桜の下に新しくプレハブの事務所が増築されました。 クララ達のお金集めも同時に終わりました。 プレハブ小屋の人の出入りが恐いのでしょう。
今まで無理に咲いてくれていたのか知らん、桜はここ2〜3年は色が褪せて急激に弱ってきています、雨も少なかった所為か回りの環境も激変して高いビルに陽が遮られています。
それでも夏にはその茂みだけが嘘のように青々として、4本の木のおかげで極小な都会のオアシスとなっていたのに・・・どうかこのまま残りますように。 疲れを見せ始めた桜に私はご免ね・・・でも頑張れ!と複雑な気持ちで声をかけます。 残したことが果たして4本に幸せと言えるのか心配になりはじめました。 だんだんと枯れてしまいませんように・・・