黒ねこデイビーの不思議
1
ある寒い冬の夜、子ねこの鳴きごえが外の石炭置き場からきこえてきました。 昭和30年代半ばまで東京のまん中でも冬は石炭ストーブを使っていたので、家の外に石炭置き場が設置してありました、か細い声がそのあたりから聞こえるのです。 外は真っ暗、手探りでそのへんを触ってみるとすぐにやわらかいぷよぷよした物がゴツゴツした石炭のあいだに挟まっているのがわかりました。 摘まみ上げて目を凝らしてみると生まれたてのあかんぼねこでした。
「居た?」姉が窓から声をかけてきました。
「捕まえたけど、、なんか石炭で真っ黒みたい、、洗わないと、」
「ェーッ早くみせてよ!」うるさく騒ぐ姉の声にせきたてられて部屋にもどり、明るい電気の下でよく見ると汚れているのではない完全に真っ黒なカラスねこのチビちゃんでした。
「黒ねこって縁起がわるいんじゃない?」母が覗き込んでいいました。
「そんな事ないって!」このときばかりは姉と私が同時に声を揃えて抗議しました。 年子のせいか普段は喧嘩ばかりしているのに目出たく意見が一致しました。
こうして黒ねこデイビーは我が家の初代黒ねことして無事飼われることに決まりました。
数年後に家が建て替えられてガス温水暖房になったため石炭を外から運び込む労働から永久に解放され、幸せな我が家でますます可愛がられるデイビーは幸運を運んできているようでした。
2
それから5年目に私は結婚して家を世田ヶ谷に変える事になりました、私にしかなつかない彼デイビーを連れて。 お嫁入り道具?のなかで一番大切なものでしたから、家を見つける時のいの一番に考える条件は、デイビーが遊べるねこの額の庭があること、車がばんばん道る大道路は絶対に避けることが必須でした。 3ヶ月目に奇蹟的な物件がみつかりました、只同然のボロ屋でしたが狙いがピッタリ、しかもその土地は後に大家さんの相続税のために物納と成り10年ローンで我が家の物と成ったのでした。 黒ねこのおかげであまり労せずに土地持ちにもなってしまったなんて。 石炭置き場からどうやら幸運を拾ったみたいでした。(その後その土地には姉夫婦が家を建て幸せにくらしています、デイビーは公平に幸運を分配したようです)
3
結婚3年目に息子が生まれることになり、初めての経験を私とデイビーはすることになったのでした。 一心同体の生活に新しい命が割り込んでくることが彼には悲劇の助走でした。 家族から、生まれてくる赤ちゃんの衛生面や不慮の事故を畏れるあまり暫くは外で飼うように厳命されたのでした。 ミルクの匂いに飼いねこがつられて赤ちゃんの顔の上に乗る事故は無いとはいえないし、急に追い出してはかえって可哀想だから・・と半年ほど前から外の三角形のテラスといえば聞こえがいいけど洗濯干場として追加した場所にお水と餌を出しガラス戸を閉めて訓練をはじめたのでした。 もともと啼かないデイビーはジッとガラス越しに己が姿を写しながら境遇の変化に耐えているようでした。 今のココのように主張の強いねこだったらもっと彼の孤独も私に伝わっただろうに・・・我慢している聞き分け良いデイビーに依存しきっている新米任婦は新しい命に身も心も奪われて只ニコニコガラス越しに笑ってみせるばかりでした。
4
桜の咲き始める3月半ばすぎ男の子に恵まれました。 命を守る重大さに毎日大忙しでした。 実家では初孫です、朝から晩まで全員が赤ちゃんしか見ていません。
「デイビー戻ってこないんだけど」留守番をたのんでいた夫は困ったようにきりだしました。
すっかり忘れていた自分が恐ろしくなりました。 3ヶ月検診を終え早々に世田ヶ谷に戻り、毎日名前を呼んでは探しましたが全然姿をみせません。 農大や上町の市場まで探しにいってもらいました。 ご飯と水はよその野良が喜んでたべてゆきます。
昼間はたった独りの子育てです、夏の暑いさなか汗もを作らないように台所のシンクに湯湧かし器の湯を溜めてレンジの上にタォル等用意してこまめに水浴びをさせました。
お昼寝の隙に戸を閉めきって買い出しです。 網戸が無いころで、大急ぎで戻ってきても角の校長先生の家の前あたりで啼き叫んでいる声が聞こえてくるので、新米ママは悲しくて一緒になって泣きました。 とてもデイビーどころではありません。
5
その後何度かデイビーらしき黒ねこを上町の市場あたりで見かけましたが、名前を呼んでもこちらをジッと見るだけでスーと暗闇にきえてゆき確証はもてません。
這い這いができるようになったころの十一月のはじめ、静かな夜にドアの外を引っ掻く音がしました。 夫が開けにいって大きな声で私を呼びます、開けられた玄関からなんとあのデイビーが3匹の子ねこをひきつれてスーッと部屋に入ってきたではありませんか!
部屋のまん中にゴロっと横たわると満足そうに目を細めます。 10ヵ月ぶりです、子ねこたちもめずらしげにキョロキョロしています。 私は感動のあまり「ね!もうお家のなかで飼ってもいいでしょう坊やも大きくなったし? ねッ!」
夫は息子を抱き上げてデイビーに御対面させました。 ヒゲを掴まれても泰然としているデイビーは息子を受け入れてくれたようでした。 またいなくなってしまわないようにしっかり戸締まりをし、アトリエにねこ達の寝床を作り幸せのうちに休みました。
6
翌朝早くねこ達が気になって見に行くとアトリエは藻抜けのからでした。
「あれっ?」台所にもどこにも姿が無いのです。 大騒ぎして夫を起こして聞いても何も知らない、と眠そう・・・。 だってどうして?昨日の夜子ねこ連れて帰ってきたわよねーっと聞くと確かに3匹いたよ・・と答えてから、でも一体何処から外にでたんだろう?と本気で不思議がってくれました。
その時私は突然変なことに思い当たったのです。
「デイビーって男のねこでしょ、牡ねこってふつう子ねこなんて連れて来ないんじゃない? 昨日の様子はまるで自分も親になったのを自慢しに来たみたいだったわ」
それにしてもあれ程戸締まりしたのに・・・私と夫は狐に摘まれたような思いで首をかしげながら広くもない部屋をウロウロするのでした。
あの夜の一瞬の光景は愛の固まりのように脳裏深く刻まれて、何度でも鮮明に思い起こすことのできる不思議な黒ねこデイビーの最後の奇蹟でした。
男親の子育ての重要さを、未熟な若き両親にお手本として示しに来たように思えてならないのは私の思い込みだけ?