ティッシュペーパー 2

もうおわかりと思うけど、私の若い時は案外向こう見ずなところがあって、ネガティブな面はやっぱり50を過ぎてからなんです。 歳をとって色んな事が読めてくると慎重に成らざるを得ないわけで。 いやでも大人しくなっちゃうのなら若いうちは大胆不敵でいいのじゃないか、はみ出し大いに結構、なんて考えるこの頃。 やり直しが出来る年齢なんです、若さというのは。 恥ずかしいついでにもう一つのティッシュのお話を・・・。

私は昔早く結婚したので友達が意外に少なく、交友関係が仕事を通して知り合った人達に限られていた。
ギャリもそんな一人で、兵役の後日本に残ってモデルをしていた。 詳しい事は聞いたことも無いので知らないが家族の縁が薄そうな、フッとそんな感じがする背の高い痩せた青年だ。 初めて会ったのはオンワードのショウだった。 ショウの後のカクテルパーティーで彼に感想を聞かれたことがあった。 ドラマチックな設定でとても良かったけれど想い入れがちょっと強すぎて表情が暗い気がしたので、「ちょっと病気っぽい」 軽い感想のつもりで答えると彼は気にして何度も「ビョーキッぽい?」と自分自身に言い聞かせるように繰り返していたので印象に残った。 それから時々ギャリを使う仕事が増えていった。 会うたびに言葉も上達し、お正月には日本語の字で年賀状をくれるまでになってきた。 努力家だったのだ。 そうこうして数年が過ぎた。
日本の広告、ファッション界は年を追うごとに派手になり、今までのように姿の良い在日外国人に頼るだけではなく海外のトップモデルをどんどん招聘するようになっていた。 ある日の午後ギャリから電話があった。
「今、話して良いですか?ちょっとお茶飲みましょうとおもいまして、ぱとらさん閑ですか?」そんな事は珍しく、何よりも声がいつになく沈んでいたので出かける事にしてAXISのテラスで待ち合わせた。 5月なのに肌寒い日だったがテラスの外のテーブルに座っているギャリはしょんぼりしていつもの元気がなかった。 紅茶を頼んでから近況を聞くと沢山仕事があった頃のような訳には行かない様子だった。
「どうしたの?」更に尋ねると
「さっき『パリ、テキサス』の映画みたらちょっと辛くなって・・・そのまま下宿へ帰るのがいやになった・・」と溜め息をついた。(万感胸に迫るものがあるのであろう、)「故郷を離れている人間がみるといろいろ考えちゃって・・」再び溜め息をついてティーカップを見つめたままの彼に掛ける言葉がなかった。
「お酒、なんか飲む?紅茶より」と気分を変えるように聞くと
「まだ明るいから、」躊躇したあと思い直したように「でも、もしも良いなら・・ぱとらさん、ウォッカ飲んでいいですか?」ホっとしたように彼は答えた。
「もちろん良いわよ! 私はせいぜいビールだけど」
お酒のグラスにかえてもそれで元気になることはなく、当時私はまだ『パリ、テキサス』を観ていなかったのでギャリの寂しさの原因が掴めなかった。 私達は黙って薄曇の午後の陽ざしの中に座っていた。 ポッカリ開いたギャリの胸の虚ろな穴は言葉でも、ウォッカの壜丸ごと一本放り込んでも埋められないように感じたからだ。 ぼんやりと時間が経った。 突然「七つの子」のメロディーと共にチャイムが聞こえた。
「あっ!もう5時、小学校が終わりですね、・・・今日はありがとう。 ホント!すいません。 ホームシックになったみたい、こんど元気のときまた電話します」あたふたと挨拶するとそのまま立ち去って行く彼をぼ〜っと見送った。
長い外国暮らしで突然襲った理由なき望郷や寂寞感を言葉などで慰められるものではない、時間が解決するだろうと私も立ち上がりウインドウショッピングのため上の回廊にある古物商のテナントへと足を向けた。

暫くすると元気なギャリが復活していた。 何年かそんな繰り返しの中で彼は上手な日本語を活かし製作助手やビデオ編集等もモデルと並行してやりはじめていた。
ニューヨークへ往ったり来たりもし、日本に本格的に定着しようとしているようだった。 電話がないことは良い状態なのだ。

午後から打ち合わせの入っているある日電話が鳴った。 ギャリからだった。 どうと言う事もないご機嫌うかがいの電話のようだったが、フッと閃いた私は打ち合わせに誘ってみた。 モデルと通訳、ヘア・メイクを決定する権限は私におおむねまかされていたし、彼の演出家志望を知っていたからだ。「通訳のギャラしか出ないと思うけど車のCFだし、外人モデル5人と仕掛けがおもしろいから付き合ってみない? これから打ち合わせなんだけど?」二つ返事でギャリは嬉しそうに飛んできた。
顔見知りのスタッフも快く受け入れてくれて打ち合わせは和気あいあいと済んだ。 帰り道細かい詰めを兼ねて四ッ谷3丁目手前の喫茶店に入った。 ごく小さなありふれた店にお客は私達だけだった。 手持ち無沙汰な少女の店員が所在なげに2人立っていて、カウンターにマスターとおぼしき男が独りいるだけ、打ち合わせに絶好の場所だ。 注文を済ませるとコンテを前に仕事の話に熱中した。
「ぼ、ぼく、今日呼んでもらって嬉しかった。 ぱとらさんチャンスくれた、すごく感謝の気持ちで今一杯なんですよ」一段落してギャリが口籠りながら言う。 役に立てて私も嬉しかった。 先週戻った北海道のロケの話などを聞いたり共通の知り合いの噂話に華を咲かせている最中に突然、「ぱとらさん・・・×××さんの奥さんだったんですか?」と聞いてきた。
「うん、昔ね」私達元夫婦は同じ業界の人間なのだ。 お互い注意深く重ならないようにしてはいるのだが。 噂は私に不利だった。 私は悪妻で通っているからだ。
「一つ質問あるんですけど、×××さん凄い良い人です、ぱとらさんも良い人、別れたのはなぜですか?」両手を鼻の所で組み合わしたまま興味深げにギャリが聞いてきた。
「・・・貧乏だったのよ。」辛い記憶が蘇り低く答えた。 
反応がないので目をあげると彼は固まっていた。
「貧乏はね、時に愛も枯れさせるのよ」と私が呟くと、ギャリの蒼い目にウワッと泪が滲んだ。
その様子を見た途端、私の中で忘れ去っていた感情が爆発し、涙がビーっと止まらなくなってしまった。 彼も辛い恋を誰かとしているんだと思った途端、10年間に及ぶ不毛の愛の記憶がトラウマとなって眼から溢れでていた。 自分のティッシュを全部使い切っても涙と鼻は止まらない。 ギャリが自分のをくれたが足りず、テ−ブルのナプキンまで取って私に渡してくれていた。
「イヤだ、なんでこんなに泣くんだろう、鼻かんでいい? ごめんね・・」自分が思っている以上に傷ついていた事に狼狽し、ひたすら泣いた。「ヤだ・・」意味なく呟きながら次々にギャリが渡してくれるナプキンで涙と鼻を拭う私だった。 思い掛けない心の疵が一気に吹き出していた。 人間の身体はあらかた水分で出来ているんだ、へ〜っと妙に納得しているもう独りの自分もいた。
山のようにテ−ブルナプキンを消費して私の涙はやっと治まった。 バッグからサングラスを取り出してかけると「あ〜ビックリした。 ごめんなさい。」
今泣いたカラスがもう笑った状態の私につられて安堵したようにギャリも笑った。
ふと我にかえると店の女の子もバーテンも直立不動でこちらを見ていた。 ギャリは立ち上がり残ったナプキンを彼等に返しながらお礼を言っている。
なんと夢中で泣いていた私は気が付かなかったが、テーブル上のナプキンが無くなった時に、彼は他所の卓上のナプキンを片っ端から集めてくれていたのだった。 お店の女の子は自らも手渡してくれたそうな。 おまけに持ち帰ろうとバッグに詰めようとした紙屑の山を「あ、いいんです、こちらで捨てます」とまで言ってくれた。 なんて良い人達だろう。 今まで楽しく話し合っていたのに突然号泣する変なお客の私なのに。 穴があったら入りたいとはこの事だ、ひたすら謝りもう笑うしかなかった。
女は泣けるからいいけど男は大変だ。 何年か前の『パリ、テキサス』の日を思い出し、泣いたのがギャリの前でよかった、彼なら不作法も許してくれる・・・そう思ったらちょっとほっとした。 
「ぱとらさんって、日本人じゃないみたい」 じゃ何人?と尋ねると笑いながら「イタリアーノ」と答えるのだった。 感情の起伏が激しいからだろうか? 別れ際ギャリは「ぱとらさん、泣いてもいいからまた会いましょう」と言ってくれた。
仕事は無事に終わりお互いそのことには2度と触れず、もちろんもう泣くこともなかった。


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