クスクスリエゾン

特別な食事をしようということになって、さて何が食べたい?と聞くと必ずクスクス!息子は答える。
私が初めてクスクスを食べたのはパルコ池袋店だった。しかも20年も前でどーゆうわけか不味かったから良い印象をもたなかった。
貧乏学生時代をパリで送った息子とその友人達は、日本に帰ってきてからも熱心に食べたがるのが不思議だった。リクエストに答えるべく粉を買ってきてはみたものの今一つコツが分からない。一時帰国していた時に友人にレシピを送ってもらい何度か試しに作ってみたが
「うん、こんなもんかな〜、ちょっと硬いかもしれない」と言葉を濁らせる。スムールというのかパスタを砕いたような細かい粒々をお湯で戻すやりかたが上手くないらしい。正式には蒸す鍋が要るのだとか。
柔らかすぎてもネタネタするし、水が少なくてもお腹をこわしそう。試行錯誤しながら自己流で作っては食べさせていた。
翌年私もパリへ行くことになって初めて本場(アルジェリア人の店)のクスクスを息子や友人も交えて食べる機会があった。
ピンク色の店は中々お洒落でそこ此処にある怪し気なアラブ風なかんじはしなかった。店内も清潔でサバビアンな店員も愛想が良い。横一列の席を陣取ると、息子達は常連らしく軽口をたたきあいながらメニューを品定めする。
「今日はスポンサーがいるからクスクス・ロワイヤルにしよう」息子が言った。
「何?それ」私が聞くと「一番豪華に3種類の肉が入ってるのさ、旨いよ、普段は貧乏学生だからメルゲズだけ」車を買ったために極端に生活費を倹約しているような息子が浮き浮き答える。
皆の顔も輝いている。日本人なのに日本語の出来ない哲学者タローや日本語の上手なナイス・ガイのハーフや日本に居たことのあるフランス人の青年だ。金曜の夜。食事の後は映画を観に行く事まで決めている。長いパリの夜が始まったばかりの夕方6時、全員口笛を吹かんばかりにハシャイで落ち着かないのだ。下町訛りの巻舌でジョークが飛び交う、テーブルをドラムスがわりに指で叩いたり、そんな彼等を横目に大人だけグラスワインを注文する。いやでも期待がもりあがる。
ピンク色のテーブルクロスのうえにお待ちかねの料理が乗せられた。あがる歓声!大皿に山盛りのクスクス、うす黄色いスム−ルの山に溶けかかったバターの塊が美味しそうに湯気をたてて食欲をそそる。つづいて肉の皿には辛いソーセージ、メルゲズが艶つやと濡れてマトンや鶏がスパイシーな香気をたてている。プチプチとはぜるように肉がまだ踊っているのが嬉しい。
鼻孔いっぱいに熱っされて混ざりあった刺激的な香りをすいこむ。
「美味しそう〜匂いがちがうわね、」
我れ先に皿に取り分ける若者に負けじとお皿を差し出す私に運ばれた野菜のスープを「たっぷりかけると旨いよ」といいながら得意そうに食べ方を指示してくれる息子。ズッキーニやガルバンソー(ひよこ豆)以外は玉葱や人参ピーマン等がたっぷり入っている辛いけれど美味しいスープを蒸した粉にかけて、スパイシーなお肉を齧りながら食べるのだ。ハリッサという辛味ペーストは好きずきに自分でスープにまぜる。マトン独特の油が甘く匂って慣れるとジュワッと味の染み込んだスープで適当にふやけたスムールのつぶつぶが口中に快いハーモニーをかもし出して旨い。ほくほくしたクスクスにほんのり塩味がしてバターが効いている、「好きな奴はこれだけでも食うね」大さじですくいながらナイス・ガイ・メグミが笑う。
「どう?・・」ウエィターに追加のクスクスを頼みながら顔を覗く息子に私は指でVサインを出しながらも口を動かしつづけた。ひとしきり無口になって全員クスクスの山を成敗するのに集中する。辛いメルゲズ(羊の腸詰め)が単調なスープに変化をつけて妙に合う、こうして本物を食べてみると20年前のクスクスは偽物だったことが判明、鳥の餌より酷い代物だったのだ。

「デザートどうする?ここのシヤーベット美味しいよ!」とまた息子が囁く。
「えッ、デザート? じゃ〜私はこのへんで止めておこう。」慌ててスプーンを置く私。
「あとでお腹が膨れるんだよね」と誰かも声をかけてきた。
食欲旺盛な若者達の胃袋を満足させたクスクスはどうやら腹持ちの良い食べ物である点に人気があるらしい、それと面倒なマナーもいらない食べ方がカレーにつうじるし、親しみやすさを感じるのか癖になる味わいであるのは確かだった。満足のうちに宴は終了、ぴかぴかした笑顔が並ぶ。

観光客で大にぎわいのジョルジュ・サンク大通り近くで怪し気な映画を見た後、カフェに座り食後のリンゴ酒を飲んだ時クスクスは私のおなかで確実に2倍に膨らんでいた。息も絶え絶えにホテルに戻り大の字でベットに倒れこむ私。食べ過ぎてはいけないものだと肝に命じながら。スム−ルのひと粒ひと粒が水分を含んで膨れ詰まったこの腸を想像したらちょっと恐かった。程よく蒸されたクスクスはそれほど口ざわりが良かったのだ。

日本に戻ってきてから何度も記憶と舌を頼りにレシピを完成させて我が家の定番に治まったクスクスはチュニジア人のアニーサに御墨付きをいただいた。
パリと違う点はナスと蕪を使うところだ。チュニジアでは豚肉は宗教上使わない。鶏肉かマトンだ。私は誰でも美味しいと思えるようにマトンでスープは取らず鶏と牛を使う、したがって噂のハンニバルとはちょっと違うが立派な御馳走になります。
ガルバンソー(ひよこ豆)も茹でてスープには入れずスム−ルと一緒に食感を楽しむほうが見た目も味も好きです。バターもたっぷりなので太るのを気にしている人は食べられない料理かも。


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