I.H.ヒーターがやってきた
思いきってまた台所を直した。10年前に作ったオーク調のシステムキッチンはまだまだ充分綺麗なのになんでまたお金を捨てるような事をするか?というと老人のためである。
当時これさえ作っておけば・・・という設備にしたのに考えが甘かったのか、丸ごと鶏二羽焼けるオーブンがあっても出番が無く、家庭用食器洗い機は見落とされていたり、子供が大人になると丸ごとの鶏料理なぞ全然喜ばれない事に思いが至らなかった。
自分が食べられない物を作る情熱も、年々消え失せて・・・だから今度の台所にはビルトイン・オーブンは無い。
老人になる・・・ということが老人と暮らしていてもしっかり把握出来ていなかったための誤算である。
焦げ茶の木目が狭い台所をなお暗くし、汚れが目立たない・・という事は反対に汚れが付いても見えない・・と同意語で、目の悪い老人には汚れやお味噌がついても解らない、そのまま放置、乾いて固まる、の悪循環をもたらし、いつも何となくベタついた扉に嫌悪感を感じる私は「だらしがない!」と母を攻撃してしまうのだが、どうもほんとに見えないらしく、ではいっそ真っ白、ホーローの一拭きすればサっと汚れのおちるものにしましょうとなったのだ。これが断然良いのだ、なるほど白いキッチンが巷に多いわけだ。
加えて吹きこぼれによるガスのトラブル、鍋の空焚き、焦がす等危険の連続。ガス漏れ装置を設置してあったのでけたたましい音声で知らせてくれるので事なきを得てはいたがどうにも落ち着かなくなっていた。
私が年がら年中張り付いて見張るわけもいかず、事務所の2階に居たらいくら狭い我が家といっても真反対の奥にある台所の警報機もまるで聞こえない・・・そんな愚痴をふと掲示板にのせたら、私が密かにネット界の美青年と渾名している、まさぶんさんがI.H.ヒーターの情報を教えてくださり、サイトを教えてくださった。
I.H.というのが何の略かも知らない私は、検索だけじゃ解らず松下電気に電話してみた。
すると21世紀はほとんどこの電磁機具になるでしょう・・・と老人家庭には必須とばかり勧められ、新しもの好きの心に火がついた。
“インダクションヒーティング”誘導加熱という磁石による特性を利用して、渦巻き状に巻いたニクロム線に磁力で鉄の鍋を振動させ発熱させる、鍋本体が熱くなって煮炊きするという、今もって何故か解らない構造なのである。
電子レンジは分子を加熱させこのIHは磁力で鉄を加熱する??
但し鍋を選ぶ事、土なべやアルミ鍋は通電しないため専用鍋を使うこと、柄の取れた焦げ付き鍋を一掃できるチャンスだな・・・と一瞬永年の欲望が頭を過る。
母には悪いとは思うけど焦げ付きやすい鍋は安物買の銭失い、無意味だとかねがね思うのに母はその手の鍋を山ほど抱えてこんでいる。
調理中空気を汚さない、輻射熱がないので夏でも熱くない、タイマーをセットしておけば家を離れても煮炊きが出来る、フラットな硬質ガラスなので鍋の移動が楽、拭き取るだけで掃除が簡単、火力は陳建一(中華の達人)も保証する強さ、むしろ強すぎてガスと同じに考えると焦がす・・・等21世紀の調理機具の条件がずらりと並べられているカタログを前に胸騒ぎもチラリ!
電気で調理なんて不経済じゃ〜ないのか?
我が家のような貧乏家庭にこれ以上電気代を増やす余裕は無い。ちなみに専用線を引かないといけないので今までより5キロ増えて75キロの契約となる、基本料金だけで3万は年間多くなる計算だ。
悩んでいるとまさぶんさんから、I.H.ヒーターは9月に新製品が出るからそれまで待つように・・・とメールが来た。
そして秋になった。うちは職人運が悪く、近所だからとか、昔のよしみとか言う老人の言う事を聞いてきたため碌な事がなかった。こんな最先端の機種を何所が扱っているというのか?
悩む私に救世主のようにまさぶんが“東京電力のホームサービスに相談したら?”と書き込んでくれた。
わ、そんな手もありなんだ、早速電話してみると“I.H.を工事する業者を紹介します”と言う。
「お風呂に座シャワーも付けたいので台所と両方できる、良い人をお願いします」と注文をつけたところ電温サービスという会社の社長さんをつれて東京電力ホームサービスの人がやってきた。
何回も打ち合わせした末にとうとう、最新式の台所、しかも小さいのに使い勝手のいいのが出来上がった。新製品は点火すると赤い輪が鍋の回りに表示されるのだ。直接火が見えないため料理してる感じが出ないとユーザーからクレームが出たため改善したのだとか、実物をみるまで実感がなかったが、確かに赤い輪はあったほうが安心するから不思議。
一番喜んだのは意外に母だった。慣れるまで時間がかかると思いきや、便利、べんりとおおはしゃぎ、83年の人生で最高に嬉しい、といそいそI.H.のテーブルトップを磨いている。サっと一拭きが余程お気に召したのであろう、でも自動皿洗い機は勿体無いと使ってくれない。
鍋もスライドさせるだけ、何より壁パネルをホーローのフラットパネルにしたのが良かった。
昔の白いタイルも拭くには便利だったが目地が汚ごれて困ったのに、一拭きで綺麗になる。ガーリック入れやオリーブオイルのびんまで白くしてクリステル社製のぴかぴかしたお鍋で、味噌汁を拵えカレイの煮付け等、相変わらずの老人食だが、月末に電気の請求書が届くまではつかの間の極楽が来たようで、台所に目をやるたびに白くて綺麗でうれしい。
火力は強いのでガスと同じ使い方をすると煮すぎる、工事の出来上がったすぐ後、ネットフレンドのシルさんと恋人をお招きしていたのだが、弘法も筆の誤り・・・初体験に舌を火傷して往生したのは慣れない火かげんのせいなのに、母が一度も失敗しないのは、やっぱり老人向きのI.H.なのか?
「料理好きのパトラが電気で調理するなんて!」息子は言うけど、どうせすぐ我々も老人、日本は大老人大国になるんだから転ばぬ先の杖、煮炊きの方法だって率先して実験する人がいたっていいんじゃないの、と。
そんな所へ様子を見に東京電力の人が来た。心配な電気代について質問してみると、調理時間が短い分ガスと同じかむしろ安いかも・・・とのこと。
「最新式の台所ですよ、良かったですね」と母をまたまた喜ばせ電子ちゃんのバスタオル等を置いていった。
なんで頂き物をするかわからない、まてよ電気消費促進にうっかり一役買ったかな?なんてくよくよしながらやっぱり請求書をみるまで油断が出来ない。
1からレシピ覚え直すのが課題だな、電気も水も使いすぎるのは良心が咎めるのはたしかだもの、そうそ、焼き物に難があるみたい、強いと焦げるのに生焼け、弱いと水っぽい。
アウトドア用ステーキ鍋、だからまだ使っていない。