歳を重ねても色褪せるどころか益々意欲的な新譜の内容にシビれ、ヘビロテしていた矢先の訃報はショックだった。
けれどもデヴィッド・ボウイの遺した膨大な作品と映像に没入していると、悲しみというよりもだんだん懐かしさやパワーのようなものが湧いてきて、むしろあまりに見事な最期に畏敬の念を感じる。
今は強いインスピレーションを与えてくれたことに感謝でいっぱいだ。
1980年、ボウイは暫く日本に滞在していたようだ。
この頃、父は彼のために何かの仕事をして、制作したボウイの頭像を後日、サインと一緒にくれたのだった。前の年に父からボウイのLPを貰っていて大好きだったのでビックリしたのを覚えている。
ライフマスクの可能性が高いけれどそれにしては眼が開いているし。今となってはこれがどういう経緯で何のためのものだったのか知る術がもうない。
サインは父が描いた絵コンテに「for いちだ with thanks Bowie 80.」と読める。というかBowieは読みにくかったけど、わざわざ日本語でいちだと書いてくれているところに親日家で優しいボウイの人柄を感じる。
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