昔の彼女が本を出したので紹介します。
というのは釣りで、昔どころか当時僕はまだやっと3歳になったくらい。著者・青目 海(あおめ うみ)さんはその頃既に、故・寺山修司氏主宰の劇団 天井桟敷のメンバーでした。
どうやら僕は生み忘れた息子のようなものらしい。忘れっぽいんだなぁ。
そんな冗談はさておき。
青目さんはご主人のケバちゃんとポルトガルの南端の小さな町にかれこれ18年も暮らしています。
ポルトガルに移住したものの、それまでに住んだ世界中のどの国とも違ってちっとも友だちができず、以来どんなに小さな幸せも見逃すまいと、目を凝らして生きてきたというエピソードは前著『南ポルトガルの笑う犬―アルファローバの木の下で』に詳しいです。
その青目さんがリスボンのガイドブックを書いたとあっては、ポルトガル好きとしては見逃せません。
『リスボン 坂と花の路地を抜けて』
大人のための旅の本。情報だけでなく、旅の感触を運んでくれます。
写真が豊富でかわいいイラストの地図もあり、とっても読みやすい文章。
ですがそこは青目さん、ただの旅行ガイドブックとはなにやら異なる気配がそこはかとなく漂います。
ユーモアの中にもどこか、異国に住んだり一人旅した経験があればきっと誰もが感じたことのある、独特の寂しさや郷愁のようなエッセンスが感じられるのです。
前の本も読み、たまたまご本人を取り巻く環境を見知っているからでしょうか? それとも自分自身の旅の思い出のセンチメンタルな部分が勝手にフラッシュバックしているのかも?
もしや、これが、Saudade?!
ポルトガルに長年住んだ青目さんは、どうやらいつの間にか、ポルトガル人にしか理解できないと言われる「Saudade (サウダージ)」の感覚を、おそらく意識もせず空気のように身に纏っているのかもしれません。
旅先で、いつも感じる不思議な感覚がある。
初めて訪れたはずのその街に、一歩足を踏み入れた途端、それまで動きの止まっていた世界が、たった今、私の旅の時間とともに動きだした……などという、なんとも自分勝手な、そんな感覚に陥るのだ。
やがて我に返る。この街も建物も、木々や花、その下を行き交う人々、犬や猫、飛び交うツバメ、囀る小鳥たち、どれもが気の遠くなるほど長い時を、暮らしをこの地で営み、今に繋がり、ここにある。そのどれにも、小さな物語を携えながら。カフェのテラスに座る旅人の私に、目もくれずに通り過ぎて行く人々。知る人の誰もいない旅先の街角で感じる、ある種の安堵と開放感。一方では、途方にくれるような孤独を感じることもある。
さらに、こうも考える。この旅から帰る場所が、はたして自分にはあるのだろうか。帰ろうと思う世界、それまで自分のいたはずの世界は存在しているのだろうか。そんな恐怖にもかられる。そして、ついに正真正銘の現実の世界、私にとっては最も長い時間を過ごす我が家のキッチンに戻ってみれば、旅の時間はまたたく間に幻と化し、自分は本当に旅に出たのだろうか、と、疑いさえ抱くのである。
もし響くところがあれば、是非『南ポルトガルの笑う犬―アルファローバの木の下で』も読んでみてくださいね、特に海外居住経験者はグッとくることうけあいです。
あ、そういえばパリからも楽しみに観ていた『あまちゃん』が終わってしまいましたが、青目さんは宮藤官九郎の連続ドラマデビュー作『池袋ウェストゲートパーク』を観て「凄い人が出てきた」と思って脚本家をやめたんだそうです。じぇじぇっ!