一組のノブオがレコードを担任に没収された。
卒業まで返してもらえないんだって。
それってひどいよね。
没収されたのはツェッペリンの『プレゼンス』。
でもさ、あのジャケットを見ただけじゃロックのレコードだって、先生にはわからないよね?
これはドイツ表現主義の現代音楽ですとかなんとか煙に巻いてごまかせなかったのかなぁ。
でもロックだからダメなんじゃなくて、クラシックでも同じだったかも。
どうやら学校でレコードの貸し借りをするのがアウトだったみたい。
とはいえ中学生にとってLPって高くてなかなか買えないからさ。
聴いてみたいもの全部なんて買えるわけないし、なけなしのお小遣いで買ったのにハズレだったら痛すぎるじゃない?
どうしても貸し借りが発生するよね。
だから学校にカセットテープとか持ってくるのはそんなに珍しくなかったし、
放送委員だったから禁止されてるなんて知らずにレコードを持って行ってたんだ。
本当はそんな校則はなかったのかもしれないけど、現にノブオは没収されちゃったんだから、これからは気をつけないと。
そんなある日の放課後、二組のウエハラくんがピンク・フロイドの新譜『ザ・ウォール』を貸してくれたんだ。
いいの!?やったー!これ2枚組で高いから買えてなかったけど嬉しー!ってなって。
早く帰って聴こうと思って、アルバム持って自分のクラスに戻るところで、
「あーーーーーーーーっ!!」って大声がしたもんだからビクゥッ!!って硬直。
声の方を見ると教育実習の女の先生がぼくをまっすぐ指差して廊下を小走りに近づいて来る。
(やっべーーー今借りたばっかりなのに見つかっちゃったよ!没収されちゃうよ!卒業まで返してもらえないなんてウエハラくんに悪いよ〜〜それにしてもタイミング悪いなぁ…)っていう思いがアタマの中を駆け巡った。
その先生は東京芸大の邦楽科の学生さんで。
おっかない音楽教師の月影先生(仮名)は、
「教育実習生は活きのいいトランペットの男がよかったんだけど」って言ってて。
(先生それ去年も言ってましたよね)って口には出さないけどさ。
毎年トランペットどころか男の先生は一度も来なくて、去年はバイオリンの、そして今年は三味線に長唄という、月影先生の要望とは真逆な感じのお姐さんが来たんだよね。
月影先生
で、音楽の授業1時間を教育実習生が受け持つっていう。
みんな普段から音楽の授業なんて真面目に受けないもんだから、去年のバイオリンの先生なんて泣いてしまったんだけど。
そりゃそうだよね、お嬢様なんだろうに、ジャングルみたいな公立中学に送り込まれて気の毒だよね。
でもこの邦楽の先生は三味線と長唄と数字で書かれた楽譜を珍しがる生徒たちの集中を切らさないようにチャキチャキと授業してたのが印象的だった。
その姐御先生が駆け寄ってきて大声で、
「ピンクフロイド好きなの!?」って眼を輝かせてる。
え!? ああ、うん。
「わたしピンクフロイドだぁ〜〜〜い好きっ!」
っていきなりテンション超高い。
えっ、三味線に長唄なのにピンクフロイドが好きなんだ!?
「いいな〜〜〜わたしそれまだ持ってないのよね…」
これ今借りたところなんだ、ってなんだか言い訳みたい。
どうやら没収される雰囲気じゃないので安堵。それどころか、
「『狂気』は聴いた!?レコード貸してあげるよ!」
って、翌日本当にLPを持ってきてくれたんだ。
「ありがとう!でも先生、今日で教育実習終わりじゃん、どうやって返せばいいの?」
「ゆっくり聴いていいよ。じゃあ電話するから、電話番号教えて。」
それがピンク・フロイドにどハマりしたきっかけだった。
やっぱり『ザ・ウォール』が最高だったけど、『狂気』はまた違った良さがあって両方ヘビロテ。
自分でも『Wish You Were Here』とか買ってみたけど安い輸入盤だから歌詞がわからなかった。
それで何ヶ月か経って、中学を卒業した頃になってやっと電話がかかってきた。
正直なところ今頃?ってちょっと思っちゃったけど、もしかしたら高校受験シーズンが終わるのを待っててくれたのかも。
で、その日の夕方に御茶ノ水駅の近くのジローで待ち合わせることになった。
考えてみたら教育実習で来てた女子大生と待ち合わせってなんか可笑しい、中途半端な歳の差だし。
こっちは卒業したからもう中学生じゃないけど高校生とも言えない宙ぶらりんな、もうすぐ16歳になるただの15歳。
女子大生から見たらガキでしかないけど(背はぼくの方が15センチくらいは高いから一緒にいてもべつに変じゃないよね)っていう何者でもなさ。
いつも空いてるセルフサービスのカフェテリアで長らく借してもらった名盤をお返しして暫し話し込む。
実は廊下で叫ばれたあのとき、音楽室で月影先生からムダに厳しい教育的指導?で嫌味とか散々言われた直後で悔し泣きしそうだったんだって。
あ〜〜わかるわ〜〜あの先生キツいから。
音楽のことや芸大卒業したらどうするの?っていう話とかをひとしきりして、実は芸大入りたいんだーって言ったら、
「じゃあ芸祭遊びにおいでよ!お酒飲ませてあげるよ」
って明るく言うもんだから「うん」って笑ったけどさ。
中学の先生にはならないっていう選択は正解かもね!?